Webマガジンに掲載されました

5月中旬に取材していただいたときの内容が、松山の“イマ”を伝える

Webマガジン「マツイマ」に掲載されています。

私、谷口がどのようにジュエリーの世界を歩んできたか?

お時間があれば是非ご覧ください。

ライターさんの手によって、私の人生がとても素敵に思えてしまいます。笑

※3回に分けての掲載となっています。

【松山のひと】谷口堅一郎さん③ 点が線になり、線が絵を描く。全てのことを学びと捉え、 世界でひとつだけのジュエリーをつむぐ | マツイマ!

自分らしく、松山でイマを生きる人をインタビューするコンテンツ「マツイマ」。カスタムメイドのジュエリーショップ「here to stay」を6月にオープンさせたばかりの谷口さん。第1回目ではジュエリー職人になるまでのお話を中心にお聞きしました。第2回目では、腕に自信をつけ東京のジュエリー会社に就職するものの、様々なことが重なり13年勤めた後、退職。第3回目では、いよいよ松山に移住し仕事を再スタートさせます。さっそくお話を伺ってみましょう。<第2回目を読む方はこちら谷口 堅一郎1975年福井県福井市生まれ。ジュエリーデザイナー兼クラフトマン。高校卒業後ミュージシャンを夢見て東京に上京するも夢破れて帰郷。福井市内のジュエリー工房に就職後、ジュエリー職人としての仕事に魅了され、再び東京で勝負することを決意。都内の大手ジュエリー会社に13年勤めた後、松山へ。この夏、デザインから製作まで一貫しておこなうカスタムメイドのジュエリーショップ「here to stay」を松山にオープンさせた。谷口さん:一旦、気持ちをリセットしたくて、語学留学でセブ島へ行きました。英語が話せればいいな・・・という思いはずっとあったので、ただ、途中で体調を崩してしまい、やむなく帰国。その後は自由が丘にある宝飾店で働き始めました。ジュエリーを作りながらも、将来は自分の店を持ちたいな・・・という気持ちは漠然と持っていました。もともと人見知りということもあり、接客の部分はなんとかしなきゃと思っていたので。時計売り場に配属になったのですが、ずっと座って作業をしていたので、立ってお客様を待つだけでもかなり大変でした。その上、僕の接客では、お客さまがなかなか購入に至らない。先輩から教えてもらいながら、少しずつ慣れていきました。接客をしていると、売れそうな時ってなんとなく分かるんです。無理に買わせようとしているわけでは決してないのですが、お客様とお話しをしながら、購入して頂いた時は、今まで体験したことのない喜びがありました。これまではお客様の反応を見ることができなかったので、人が喜んでいる姿を見ることでこんなにも嬉しい気持ちになるのかということを知りました。谷口さん:はい。会社の元同僚でずっと自分を支えてくれている彫金師のパートナーがいるのですが、彼女の知り合いでCADを使ったジュエリー制作ができる人を探している会社

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Written by: Mai Hirose

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